日本におけるロシアのプロパガンダの検証:礼賛されるフランスの「知の巨人」の予言
『第三次世界大戦はもう始まっている』の反欧米プロパガンダ
フランスの人類学者として有名なエマニュエル・トッドは、日本でかなりの人気を有し、尊敬されている。日本において彼は「知性の巨人」かのように扱われ、彼の意見を有り難がる人が多いように感じる。
しかし、実際の彼の論調を見ると、彼はただのロシアのプロパガンディストに過ぎない。主張の内容を見る限り、トッドの目的は、中国とロシアをはじめとする独裁勢力が力を伸ばし、世界覇権を獲得することに他ならない。彼は、反米プロパガンダを流し、アメリカ憎しを煽ることによって、自由民主主義諸国の言論空間を狂わせ、自由主義世界を混乱に陥れようとしている極めて危険な人物である。
トッドが流しているプロパガンダを、彼が2022年6月に著した本『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)で見ることができる。この書籍でトッドはロシアによる侵略を弁明し、ウクライナを侮辱し、反欧米のプロパガンダを繰り返している。本稿では、トッドのプロパガンダの代表的な主張に反論する形で、「知識人の高度な考察」を装っているロシアのプロパガンダに騙されない認識を共有したい。
米学者ミアシャイマーの出鱈目な論調を紹介
トッドは、別のロシアのプロパガンディストで、偽リアリストであるジョン・ミアシャイマー教授(シカゴ大学)の出鱈目な論調を紹介している。
ミアシャイマーは、戦争の責任をロシアではなく、NATOにあるとして、「ロシアはウクライナのNATO入りは絶対に許さないと警告したのに、アメリカはこれを無視した」という暴論を展開している。
続いて、ミアシャイマーは「ウクライナはNATOの事実上の加盟国だった」という、本当に突拍子もない嘘を主張し、その根拠として、NATO諸国はウクライナに武器を提供し、ウクライナ軍の訓練を指導しているということを取り上げる。
この荒唐無稽な話には、嘘に嘘が重なっている。まず「ロシアはウクライナのNATO入りは許さない」というところだが、ロシアによる全面侵略の前に、ウクライナはNATO加盟に申請していないし、加盟する見込みは全くなかった。2022年2月以前の常識では、ウクライナのNATO加盟は議題になるのは早くても10年以上先だということだった。加盟する見込みが全くない国について「NATOに加盟するから戦争を始めた」という理屈は成り立たない。
また、武器や指導を受けていたので、「事実上の加盟国だった」という主張は国際法の基本すら無視している妄想に過ぎない。実際は2022年2月の前に、NATO諸国による武器提供は非常に限定的なもので、その時期に受けていた武器は迎撃用のものばかり、その武器で他国を攻撃できないばかりか、すでに占領されている自国の領土さえ奪還できない。本格的な武器提供は、ロシアによる全面侵略が起きてから始まったので、武器提供は侵略の原因にするのは完全におかしい。
また、NATOの仕組み上、加盟国と非加盟国の間に明確な違いがあるので、「事実上の加盟国」というものが構造上あり得ない。NATOの原則とは、一国が攻撃を受けた場合、全加盟国がこれを軍事力で守るということだ。非加盟国をNATOは軍事力で守らない。実際に侵略を受けた非加盟国のウクライナをNATOは軍事力で守らなかった。つまり、加盟国と非加盟国の間に根本的な違いがあり、「事実上の加盟国」というものは存在しない。トッドもミアシャイマーも、この程度の基本的なことを知らないはずがないので、彼らは意図的に嘘をつき、読者を騙していると判断できる。
さらに、そもそも仮にウクライナは本当にNATO加盟の見込みがあった、もしくは本当に(意味わからないが)事実上の加盟国だったとしても、それは侵略戦争を起こす理由にならない。ウクライナとNATOの関係はウクライナとNATO、二者の自由の意思の問題であるので、これには第三者であるロシアは全く関係ないし、口を出す権利が全くない。
「ロシアのウクライナ侵略は『キューバ危機』に似ている」
次にトッドは、ミアシャイマーのロシアによるウクライナ侵略が「キューバ危機」に似ているという論を紹介し、賛同している。いわく、ソ連はアメリカの裏庭であるキューバに核兵器を設置しようとしたが、アメリカがそれを許さなかったと。つまり、今のロシアはキューバ危機の時のアメリカと同じだと主張しているが、これも完全な嘘である。キューバ危機の時は、ソ連がキューバで核兵器を置き、アメリカを明確に脅かそうとした。それに対してアメリカは脅威の排除を求め、キューバを占領することを狙わなかった。
それに対して、今回はアメリカが核兵器どころか、通常兵器さえウクライナ国内に置くことを考えなかった。当然、アメリカがロシアを脅かそうとする意思も全くない。行動も意図も、キューバの時のソ連と全く違う。それに対して、キューバ危機の時のアメリカと違って、ロシアはウクライナの占領と併合を狙っている。だから、どの観点から見ても、今のロシアの振る舞いとキューバ危機の時のアメリカの振る舞いは全く別物である。
トッドは「NATOは東方に拡大しないと約束した」という定番のプロパガンダを繰り返しているが、これは何の根拠もない嘘である。そしてトッドは「ウクライナ軍が抵抗するほど戦争は激化する」と主張して、抵抗されればされるほど、ロシア軍も本気で戦うようになり、破壊が進むと言っている。つまりトッドは、全ての被害は、侵略したロシアではなく、侵略に抵抗しているウクライナの責任だと言っている。彼の論理では、侵略を受けた国は、おとなしく降伏すべき、抵抗するのは間違っているということだ。
「ロシアにとって死活問題」
トッドは、ミアシャイマーの「ロシアにとってこの問題は死活問題で、アメリカにとって死活問題ではない」という意味不明な論も紹介している。ミアシャイマーによるとこの戦争はロシアにとって「生存をかけた問題」だから、ロシアはいかなる犠牲を払っても最終的に勝つということだ。トッドもそれに賛同している。一方、ミアシャイマーはこの問題はアメリカにとって「遠い問題」「優先度の低い問題」と言う。それに対して、トッドは、この問題はアメリカにとっても「死活問題になりつつある」と主張している。トッドによると、この戦争でロシアはアメリカ主導の世界秩序に挑み、もしロシアが勝てばアメリカの覇権が揺らぐということだ。
この点について、トッドとミアシャイマーの意見は違うように見えるが、実際はどれもロシアのプロパガンダの違うバージョンにすぎず、両者のそれぞれのやり方でロシアの侵略を弁明する意図は明らかだ。アメリカ人であるミアシャイマーは、露骨な反米論調は発信できないので、アメリカの国益を考えるふりをする必要がある。だから、「アメリカにとって大事な問題ではない。ロシアが勝っても、アメリカは大して困らない」と言うのだ。
それに対して、フランス人であるトッドは、アメリカに対する憎しみを隠す必要ない。トッドは素直にロシア侵略の成功とアメリカの失敗を喜べるので、ミアシャイマーのようにロシアのプロパガンダを「リアリズム」というオブラートに包む必要はない。だから、ミアシャイマーとトッドが流すロシアのプロパガンダの違いは、「対象層によってプロパガンダの中身が変わる」という手法によるものである。
現実では「ロシアにとって死活問題」は完全な妄想である。ウクライナはロシアと別の国だ。ロシアは勝手にその占領と併合を望んでいるだけで、そこに歪んだ世界観以外に何の理由もない。ウクライナはロシアを攻撃し、ロシアから領土を奪うつまりは全くない。アメリカも同様で、ロシアから領土も主権も奪うつもりは全くない。領土拡張という妄想さえ捨てれば、ロシアはウクライナの征服を諦めても、全く困らない。だから、「ロシアにとって死活問題」と主張しているトッドとミアシャイマーは嘘をついている。
続いて、トッドは「ロシアが勝ったらアメリカの覇権体制が崩壊するから、アメリカにとってもこれは死活問題だ」と主張している。
ミアシャイマーが主張している「アメリカにとって死活問題ではない」という主張は完全に間違っている。アメリカにとっても、この問題は重要な問題だ。
しかし、その理由はトッドが主張しているように、「アメリカの覇権体制が崩壊する」ことではない。
もしこの戦争でロシアが勝ってしまうと、崩壊するのは「アメリカの覇権」ではなく、国際秩序だ。この戦争は「他国の領土を武力で奪ってはいけない」という、現在の国際秩序をかけた戦いだ。もしロシアが勝ってしまうと、侵略戦争や領土強奪、ジェノサイドをやっても、罰せられることはない、という前例になる。
そうなると、それをやってはいけないという秩序が崩壊し、領土拡張を目指している独裁国家が次から次へと戦争を起こすことになる。そうなれば、世界各地で戦争が起き、暗黒時代が訪れる。
一方、もしウクライナが勝てば、国際秩序が守られる。この場合は、侵略戦争を起こしても、それは失敗する、という前例ができる。そして、独裁国家が失敗や敗北を恐れて、次の戦争を起こすことをためらう。
つまり、「重要な問題ではない」と主張しているミアシャイマーも、「アメリカの覇権が崩壊するから重要の問題」と主張しているトッドも間違っている。正解は、平和の世界になるのか、戦乱の世界になるのかがかかっている重要な問題であるということだ。
「ウクライナも、ベラルーシも『国家』として存在したことは一度もありません」
次にトッドはソ連崩壊に触れ、このように述べている。「『広義のロシア』すなわち『スラヴ』の核心部は、ロシア(大ロシア)、ベラルーシ(白ロシア)、ウクライナ(小ロシア)からなりますが、ベラルーシとウクライナの分離独立、すなわち『広義のロシア』の核心部が分裂することまで(ロシアが)受け入れたのです」と。
ロシアは「大、白、小」ロシアから成り立つ、というのは、ロシア帝国時代に帝国政府が作り出した、歴史や地理、そして民族学を無視した帝国主義的な出鱈目である。
ロシア帝国は、ロシア人ではないベラルーシ人とウクライナ人を支配し、同化を進めることを正当化するために「三つの要素から成り立つロシア」という話を作った。ロシア民族とウクライナ民族は全く違うのだが、同様にロシア人とベラルーシ人も、全く違う民族である。これまでに何度も否定された、何の学問にも基づいていない、数百年前の出鱈目を、二十一世紀に活動する学者は真面目に語るのは、本当に呆れるしかない状態だ。が、トッドは学者ではなく、ロシアを弁明するためにどのような出鱈目でも使うプロパガンディストだと思うと、なるほどと納得できる。
トッドはこの話を持ち出したのは「平和的なソ連崩壊と領土喪失を認めたロシアは、領土的野心はない善良な国だ」という印象を持たせたいからだ。しかし、実際にロシアは平和的に認めたのではなく、当時の状況では仕方なく認めざるを得なかったし、ソ連崩壊の直後から、再統合のための政治的謀略を繰り返した。それだけではなく、ジョージアとモルドバに対して、戦争を起こし、領土の一部を強奪した。全ては1990年代前半の出来事なので、トッドのようなロシアのプロパガンディストが主張しているように、ロシアは西側に裏切られたから強行に出たという論理も完全に崩壊している。
続いてトッドは、「ソ連が成立した1922年以前に、ウクライナも、ベラルーシも『国家』として存在したことは一度もありません」と言っている。学者ならこれほど甚だしい史実の無視は許されないだろうが、プロパガンディストなら、実際にあった歴史を無視し、平気で妄想を歴史として語るのだ。実際に、ソビエト・ロシアに征服される直前に、1918年から1920年まで、ウクライナは独立国家だったので、この一点だけでもトッドの主張はいかに露骨な嘘であるか、わかるだろう。
「ウクライナをNATOの事実上の加盟国とし」
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